此度 平成22年度第1回理事会で畠山勝義先生の後任として理事長に選任されました。大変名誉なことと感謝していますが 浅学菲才の私にとりまして身に余る大役です。会員の皆様の御支援なくしては本役の遂行は覚束なく、何卒宜しくお願い申し上げます。
扨て、本学会の前身 「術後代謝研究会」は1965年(昭和40年)に第1回が開催されました。この年 日本は戦後の政治的混乱が一段落して世は猛然と経済活動に励み、東海道新幹線開業 東京オリンピック開催 OECD加盟など、先進国入りのとば口にありました。第5回研究会記録の巻頭言(岡山大学砂田輝武先生)によりますと本研究会は福田保先生のあっせんで誕生しました。福田先生は敗戦後混乱期の昭和25年(第50回日本外科学会総会)に「外科における蛋白の問題」を会長講演されています。戦後の本邦外科が術前術後管理に無関心であることへの警鐘でした。その後 昭和二〜三十年代の外科学会には外科代謝栄養学の重要性が喚起される演題が毎年発表されていますが、外科学会には十分に討論される時間はなく、術前術後管理の向上とそのすそ野を拓くために研究会が創成されたと聞いています。時間をかけた討論やテーマに造詣の深い座長の総括文の記録など、研究会の基礎はこのような経緯から築かれ、有難いことに諸先輩方の意図は今に連綿として引き継がれています。元理事長の大阪大学岡田正先生は「学会仲間」と題するエッセイ(日本医事新報No.3980、2000年)で本学会を取り上げられ、激しい討論を通じてこそ心の通じる仲間ができることを楽しげに語られています。現在 経静脈栄養法などの方法論がほぼ確立して研究者の興味を引く新たな題材が少なくなったのでしょうか、かつての激しい議論は影を潜めています。しかし、現在の外科も認定医専門医修練の名のもとにart至上主義にあるように思います。artはscienceに裏打ちされて初めて実をあげることができることを外科系研修医に知らしむべきで、本学会は研究と同時に教育の面でも外科研修に大きな責務を負っていると考えております。
四十数年の伝統の上に胡坐をかくことのないよう この数年間 東北大学里見進先生のご指導で学会の在り方が検討されました。現在そこで企画された方針に沿って新たな活動が生まれています。医師教育セミナー開催、日本アミノ酸学会など基礎医学会との連携、JPENへの論文投稿促進、海外の外科代謝栄養学関連学会との連携などです。また、源流の近い日本静脈経腸栄養学会とは今以上に連携を図る必要があることは言を俟ちません。会員の皆様のご活躍によって本学会が再び激しい議論の場になり、成果をあげることを心より願い、私もそのように努力いたします。
| 1965年 | 外科手術前後における患者の代謝・栄養管理の研究成果を自由に討論することを目的に、 20施設(17大学と3病院)が参加して「術後代謝研究会」を設立した。 |
| 1981年 | 急速な会員増、発表演題内容の向上にともない、第18回学術集会より 「日本外科代謝栄養学会(Japanese Society for Surgical Metabolism and Nutrition)」と改称した。 個人会員制の学会に改組し、会則の整備をおこなった。 発足当時の役員は、理事長1名・理事13名・幹事12名・監事2名・正会員360名(うち評議員142名)であった。 機関誌はそれまでのプロシーディングス・スタイルの「術後代謝研究会誌」を、 原著論文中心の「外科と代謝・栄養」とし、季刊とした。 |
| 1983年 | 会則を改正した。
1) 選挙による役員の選任と任期制を導入した。 2) 評議員の選考基準を付加した。 3) 議決機関としての評議員会の役割を付加した。 |
| 1984年 | 学会主要会員の協力を得て、 田中 大平・近藤 芳夫 編集「外科代謝栄養学」(文光堂)を発刊した。 |
| 1988年 | 機関誌掲載の優秀論文に毎年、学会賞を授与することとした。 |
| 1990年 | 学会25周年記念号を発刊した。 |
| 1993年 | 機関誌を隔月発刊とした。 |
| 1994年 | 本学術集会にInternational Sessionを設けた。 |
| 2003年 | 第40回日本外科代謝栄養学会が博多にて開催された(会長九州大学 教授 水田 祥代)。 |